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和歌山地方裁判所 昭和49年(わ)34号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四五年四月ごろから和歌山市鷺の森東之丁一番地に事務所を有し土木建築の請負などを業とする株式会社高橋組に雇われ、経理課長として同会社所有の現金の出納保管などの業務に従事していたものであるが、別表(一)記載のとおり、昭和四七年一〇月三〇日ごろから同年一二月三〇日ごろまでの間、前後一一回にわたり、同会社の当座預金口座が設定してある和歌山市六番丁五番地の五所在の株式会社住友銀行和歌山支店ほか四ヶ所において、当該各口座からそれぞれ預金五三〇万円の払戻しを受けて右株式会社高橋組のためこれを業務上保管中、その都度(同表記載の横領(着服)年月日ごろ)前記住友銀行和歌山支店ほか三ヶ所において、うち現金合計三二〇万円を自己の遊興費に充当するためほしいままに着服して横領し

第二、昭和四八年七月七日ごろ和歌山県有田市宮崎町一、五三一番地所在の有田観光ホテル応接室において、かねて知り合いの鬼武保夫に対し、借用金を返済する意思および能力がないのにこれあるもののように装い「一〇万円貸してほしい、一週間後の七月一五日には必ず返えすから」などと嘘を言って同人をして右約旨どおり貸金を返済して貰えるものと誤信させ、よってすぐその場において、同人から寸借名下に現金一〇万円の交付をうけてこれを騙取し

第三、会員および加盟店規約に従い、加盟店を売主会員を買主とする信用販売に関し、所属会員に対する信用供与を業務とする株式会社ミリオンカードサービス(M・C)および株式会社日本クレジットビューロー(J・C・B)に順次入会し、右各会社(以下単にカード会社と略称する)との間に締結した会員規約に基き、カード会社と加盟店規約を締結している各加盟店から信用販売をうけるため自己名義のミリオンカード(M・C)、クレジットカード(J・C・B)などの交付を受け、会員として当該加盟店に右カードを提示し所定使用限度額の範囲内で物品を購入することができ、その取引の都度カード会社が当該加盟店に約定代金(会員と加盟店間の個々の売買契約による)と同額の債務を負担して決済し、会員はカード会社に後日所定の方法で代金を支払う仕組になっているのを奇貨として、右代金支払の意思および能力がないのに、売買に名を藉り右カードを提示使用して各加盟店から物品を詐取しようと企て、別表(二)記載のとおり、昭和四八年六月一日ころから同年七月六日ころまでの間前後二三回にわたり、大阪市南区難波新地六番丁一四番地所在の株式会社高島屋大阪支店売場ほか一二ヶ所において、同表掲記の各加盟店々員浜元久仁子ほか二二名に対し所定の支払方法によりカード会社または加盟店に代金を支払の意思および能力がないのに、これあるように装い、同表番号1ないし3、13ないし16、18ないし20、22について前記ミリオンカードを、同表番号4ないし10、12、17、23について前記クレジットカードを、同表番号11、21について前記のミリオンカードおよびクレジットカードをそれぞれ提示して物品の購入方を申し込み、同人らをして当該代金決済の意思能力のある正常な信用売買の申し込みであると誤信させ、よって右カード提示の都度すぐその場において、同人らから売買名下に婦人用アクセサリー一個ほか合計二五点(以上合計価格一、〇一五、五二〇円)の交付をうけてそれぞれこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

なお、本件公訴事実中「クレジットカード・ミリオンカード利用による詐欺罪」の成否について、弁護人は「右カード利用による信用販売の取引形態は、基本的には会員とカード会社との間、同会社と加盟店との間の二面的な契約により成立しているもので、会員と加盟店相互間には何等の契約も存在しない。右各契約に基き、会員はカード会社から貸与されたカードを利用して加盟店から物品を購入することができ、右物品を販売した加盟店は所定の手続を経由してカード会社から確実に代金決済をうける仕組であり、有効なカードを提示した会員に対し右信用販売を拒絶できない旨の規約となっているから、仮りに会員においてカード提示に際し代金支払の意思および能力がなく、後日カード会社にその代金を支払わなかったとしても、同会社に対し債務不履行の民事責任を負うは格別、カード会社から確実に当該代金を決済して貰える加盟店を欺罔して損害を与えたことにはならない。本件において、被告人は正当な会員資格を有し公訴事実掲記のように自己名義の有効なカードを提示して各加盟店から物品の販売交付をうけたものであり、この点に関し欺罔行為はないし、右カードの有効なことを確認して売渡義務を履行した同店々員をして錯誤に基き処分行為をさせたものでもないから、その所為は詐欺罪を構成しない」旨主張するので考えるに、なるほど、クレジットカードなどによる継続的な信用販売契約は、判示のように信用を供与するカード会社を中心として結ばれた会員契約および加盟店契約の各特約条項(規約)により組み立てられているものであるが、叙上契約所定の法律関係は、事後において締結される会員と加盟店間の個々の売買契約決済の手段たる性格をもち、これを媒体として順次顕在化するものであり、その売買の都度、会員は、加盟店に対し直接に代金債務を負担し、前記加盟店契約所定の代金決済がなされないとき(例えばカード会社に加盟店に対する債務不履行のあったとき、加盟店の売上票が所定期間内にカード会社に送付されなかったため同会社が免責されたときなど)には、直接加盟店に対し代金債務を履行する義務があり、この点、カード利用行為の法律効果は、通常の売買と何等異なるところがない。たゞこの種信用販売が通常の売買と異なるところは、その代金の決済がカード会社によって担保されその決済手段として前記特約条項(規約)が存在する点にあり、同条項によりカード会社が加盟店に対し代金を決済したときには、事後の権利関係に変動を生じ((右決済と同時に、加盟店からカード会社に対し代金債権の譲渡がなされてその債権者が交替するか、カード会社の立替払(連帯保証債務の履行)により同会社に会員に対する求償権が発生するかいずれかの法律構成による))終局的には、会員(債務者)がカード会社(債権者)に対し代金又は求償債務を負担することとなるのであるが、右最終段階におけるカード会社と会員間の法律関係のみを切り離し、その前段階において存在する会員の加盟店に対する第一次的な代金債務を度外視し、同債務がカード会社によって担保される点を強調して加盟店が右販売にあたり会員自身の代金支払の意思および能力を考慮する必要が全くないものと即断することはできない。却って、会員と加盟店間の個々の売買は、高度な信頼関係を基調とする継続的な前掲信用販売契約の根幹をなすものであり、前掲各特約条項で定められた決済手段はこれに奉仕する機能をもつに過ぎないから、右売買契約締結にあたり、加盟店は会員の支払資力特に代金支払の意思および能力の有無、正常な取引の申し込みであるかどうかにつき関心と利害関係をもつものといわねばならない。このことは、加盟店がカード会社より代金決済がなされない事態に備え、会員に対する代金債権の履行請求を確保する必要のあること、右信用取引機構の存立維持のためカード会社に対しその不良債権の発生を回避すべき信義則上の義務を負担していることなどに徴しても明らかである。また、仮りに、加盟店が会員に代金決済の意思能力がないことを知悉しながら物品を販売交付したような場合には、カード会社から違約又は権利濫用などと抗争され代金の支払を拒絶される虞れなしとしないのである。以上の考察によって明らかなように、加盟店は代金決済の意思能力のない会員が信用取引に名を藉り前記カードを提示しても、その情を知ったときには、当然物品の販売を拒否できるものと解すべきであり、このような措置にでても規約(信用販売拒絶禁止の条項)に牴触するものとはいえない。けだし、右の条項は正常な取引意思をもつ会員のカード利用行為の保護を目的として設けられた趣旨のものと解されるからである。

従って、被告人が各加盟店に対し判示認定のように加盟店は勿論、カード会社に対しても代金支払の意思および能力がなく正常な取引意思がないのにこれあるように仮装して各加盟店にカードを提示し(加盟店に対する欺罔行為)、これに気付かない加盟店々員をして代金決済の意思能力のある正常な取引の申し込みであると誤信させ(錯誤)同表(二)掲記の各物品を交付(錯誤に基く処分行為)させた各所為は、いずれも詐欺罪を構成するものと解するのが相当である。

(法令の適用)

判示第一の各所為

刑法二五三条

判示第二、第三の各所為

同法二四六条一項

併合罪の加重

同法四五条前段四七条本文一〇条(犯情の最も重い判示第一の別表(一)番号11の罪の刑に法定加重)

刑の執行猶予

同法二五条一項(過去に一回同種の前科があるものの、その後約二〇年間にわたり犯罪歴もなく比較的真面目な社会生活を営んでいたこと。各被害者に対し被害弁償の全部又は一部を了し残債務の免除をうけるなどして示談が成立していること、反省の情が顕著であることなどの情状を考慮する)

よって、主文掲記のとおり判決する。

(裁判官 大西一夫)

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